ぼくの居場所
それぞれそこに生きていて、それぞれそこで生きている。
まるでそこが、自分の一番の場所だと言わんばかりに。
今日はとても、暑い日。
朝起きると、カー君は大の字になっている。そういや昨日、カー君は夜更かししているようだった。
起こすのも可哀想だから、そのままにしておいてあげる。
今日はカー君の休日。久しぶりにカー君とは別々にお出かけするんだね。
いつもの魔導装甲じゃなくて、いつもの青いスカートでもなくて。こないだルルーと一緒に買いに行った空色のワンピースを着る。
鏡の前でくるっと一回り。うん、全然変じゃないね。
お母さんから貰った麦藁帽子を頭に。
ぼくの気持ちがたっぷり詰まっているバスケットを片手に。
――とてもとても大切な、サンダルを履く。
多分きっと、今のぼくは。普通の女の子をしているんだろう。そういう日がたまにあってもいい。
「行ってきます!」
カーくん、お留守番よろしくね。
カーくんの休日は、ぼくの休日でもあるのだ。
空色のワンピースが風ではためく。ふ、と目を上げた先に映ったのは、どこまでも青い綺麗な空。強い日差しがからりと空気を真っ直ぐにする。麦藁帽子をかぶってきて正解だったと、心の中で呟いた。
日差しはどこまでも強い。
まるでそれは、ぼくの心のようだ。そう思うとなんだか笑えてきた。
道を下ると、商店街。
道行く人々の顔には、なんて暑いんだろう――という感情が浮かんでいる。ぎらぎら、ぎらぎら。
さっきまで真っ直ぐだ、と思っていた熱は、人ごみに入るとぎらぎらとした悪魔にしか見えない。
なんて不思議なんだろう。
ぼくの場所はここにはない。
なんて不思議なんだろう。
最近オープンしたばっかりの、ぼくのこのワンピースを買ったお店。目をこらして見てみると見慣れた影があった。
ドラコだ。
ドラコは尻尾があるから、可愛い服を見つけるのは至難の業。確かあのお店は亜人用の服も売っていた気がする。いい服が見つかるといいね。ドラコ。
商店街を抜けると、静かな森。
木々の葉たちがそよそよと鳴る。ぎらぎらとした光は柔らかな日差しに変わる。
木漏れ日。光のシャワー。その中を、ぼくは歩く。
こっちに曲がればウィッチの店。こっちに曲がればセリリちゃんの泉。
普段は必ずどっちかに曲がる。
こないだウィッチの店を通りかかったとき、そこにはインキュバスがいた。インキュバスはおちゃけるでもナンパするでもなく、静かな瞳でウィッチを見つめていた。そしてウィッチは静かにそれに答える。
ぼくより年下のウィッチが、ひどく大人びて見えた。そこに流れる静かな、それでいて不安にならない空気を羨ましく思った。ぼくと彼の間には、なかなかそういう空気は流れない。ぼくは彼の沈黙が、ときたまひどく怖い。
セリリちゃんの泉を通ったときも、そこには誰かがいた。それは確か、すけとうだらだと思う。
気弱なセリリちゃんに、一週間のうちにあった楽しいことを一生懸命喋っていた。セリリちゃんはそれに笑う。すけとうだらはすごく嬉しそうだった。こっちも嬉しくなってしまうくらい。
でも、今日は。ぼくはどっちにも曲がらないで、真っ直ぐ道を行く。
しばらく歩くと、ミノタウロスに出会った。
出会った、と言っても、ドラコと同じようなもの。ぼくは向こうの存在に気が付いたけれど、向こうはぼくに気づかない。
気づかれない、という感覚は面白い。むこうがぼくをまるで意識していないから、生活をそのまま切り取った写真を見ている気がする。
ミノタウロスは花を摘んでいた。労わるように、ひどく優しく。
摘み取る花に頭を下げているかのようだった。彼は外見は怖いけれど、中身はきっと、誰よりも優しい。
ルルーに渡すのだろうか。
摘んでいるのはきれいなきれいな青い花。ルルーの髪の色みたいだ。
ミノタウロスは好意に代償を求めない。ルルーに寄せる想いを、ルルーが返してくれなくてもいいのだ。そんな愛の形を、ぼくは優しく思うとともに、少し切なくなる。
ルルーの想いが誰にあるのか知っていて、それに協力をしていて、それでも優しいミノタウロス。
ぼくは彼を強いと思う。
ぼくはそんなことをできないから。
道を歩きながら、ぼくは彼のことを考える。
たくさんの人を見た。
それぞれそこに生きていて、それぞれそこで生きている。
まるでそこが、自分の一番の場所だと言わんばかりに。
でも、ぼくの居場所はそこにはない。ぼくの居場所は他にあるから。一番大好きな、ぼくの居場所。ぼくの特等席。
来慣れた洞窟の入り口に立つ。入り口はぼくを認識して、ぼくの体を中に運び入れた。
外のぎらぎらした光は全て遮断されて、どこかひんやりとした空気がぼくを包む。空色のワンピースは、この場所にはちょっと似合わない。
とて、と歩いていく。彼の姿がちらりと視界に見えて、ぼくは小走りになる。
黒いソファに沈んでいる、彼。ぼくの姿を認めて、ほんの少し目を細めた。
「……また、お前か」
彼の声が、響く。
「うん。きちゃいけなかった? ……まぁいいや。ぼく、お昼ご飯持ってきたよ」
一緒に食べない? と言下に問うと、彼はめんどくさそうにソファから体を上げる。
「お前も物好きだな」
「まぁね」
バスケットをテーブルの上に置く。中身はキッシュだ。昔はカレーしか作れなかったけど、今は結構色んなものが作れるようになった。きみのおかげだよ、と言ったら彼は訝しむだろうか。
ソファに腰掛けたままでこちらを見つめてくる彼が、なんだか可笑しくて。
「……何? ぼくの服になんかついてる?」
「……いや。お前にしては珍しい格好だなと」
聞きようによっては失礼な台詞が、なんだか嬉しい。それはきっと色んなことに無関心なシェゾが、ぼくの格好なんていう些細なことを気にしてくれたからだ。こんなふとしたことがものすごく嬉しいだなんて、これまで全然知らなかった。
あんまり嬉しくて、シェゾにタックルをかます。
「うお!? なんだお前、」
「ぼく、シェゾが大好きだよ」
にこり、と笑って彼の顔を見上げる。彼はなんともいえないような顔をしたあと、長いため息をついた。
「……お前には敵わない」
彼の手がぼくの背中に回る。ひどく優しく抱きしめられて、ぼくはうっかり涙が出そうになった。こんな幸せがあるなんて、これまで全然知らなかった。
顔を彼の胸にうずめた。なんだかひどく安心する。
だってここはぼくの居場所だから。
彼の腕の中。
それがぼくの、ぼくの居場所。
*朱桜より・・・*
朱桜の師匠、そらのさんから頂いた2万打企画御礼小説です♪
そらのさんがサイトへの掲載を快諾して下さったので、企画小説みたいなものなのですが、あえて、掲載させて頂きました。 本当に有難う御座います♪
甘〜くて、やさしい空気がたっぷりと漂った、朱桜好みのシェアル小説です〜v
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