ある日常の風景







 亜麻色の髪を風になびかせながら、少女が駆けてゆく。
 特製のサンドイッチが沢山入ったバスケットを両腕に抱え、彼女は息を弾ませながら丘を降りていた。
 目的の先はカレの家。
 こんなにいいお天気なのだ。無理やりにでも外に連れ出してやろうと決心していた。
 彼の寝起きの不機嫌そうな表情を想像して、悪趣味にも笑みがこぼれてしまう。
 彼はすこぶる寝起きが悪い。その上、起きてしばらくは動作も心持ちトロイ。
 それを発見してからは彼のそんな反応が楽しくて、毎朝寝こみを襲っている。(かなり語弊)

「かーくん。今日はどうやって起こそうか?」
 明るく声を弾ませ、少女は満面に笑みを浮かべていた。非常に楽しそうだ。
 かーくんと呼ばれた、肩の黄色い小さな生物も一緒にわくわくと瞳を輝かせている。
 昨日は起き抜けに一発カーバンクルビームをお見舞いした。その前はコールドをおもいっきり喰らわせてみた。
 さて、今日は一体どうしてやろうか──。
 二人(?)は顔を見合わせ、楽しく画策を続ける。

 目的の場所はもうすぐ、そこだ。




「しぇーぞぉー!」
 少女は、勢い良く扉を開けた。そして、そのままの勢いで寝室へと直行する。
 今日は、結局サンダーを唱える事にした。
 魔法の詠唱をしながら、寝室の扉に手をかける。
「シェゾ。おっはよー♪」
 おもいっきり放ったサンダーはベッドで惰眠を貪るシェゾに直撃する──はずだった。
「……あ、れぇ……」
 黒く焼け焦げたベッドはなぜか空っぽだ。辺りを見回すが、シェゾの姿はどこにもない。
 いつもだったら、まだ眠っているはずの時間である。
「なんでぇ?」
 首を傾げながら、カーバンクルに意見を求める。カーバンクルもわからないといった風に一緒に首を傾けた。
「……にげられちゃったかなぁ……」
 呆然と零すように、少女は一点を見つめたまま呟いた。視線の先には開いたままになっている窓があった。風になびいたカーテンが窓辺で軽やかに踊っている。
 窓の外は晴れ渡った綺麗な青空が広がっていた。




「ったく。冗談じゃねえよな……」
 大きな欠伸をかみ殺しながら、シェゾはひとり不機嫌そうに呟いた。
 ここは、自宅から少し離れた森の一角。普段から人の立ち入る事がほとんどない場所なので、シェゾは好んでここをよく訪れる。静かな森には鳥の囀りや、小動物などの駆けてゆく小さな足音などが聞こえるだけである。一人になりたい時や、考え事をするにはもってこいの場所なのだ。
 大木を背もたれ代わりに思い切り伸びをすると、シェゾは木々の間から覗く青空を見上げた。
 太陽はまだ真上から東寄りに位置している。いつもなら、まだ眠っているはずの時間だ。
 なのにわざわざ早起きしてまでここにいるのは、ひとえにかの少女の所為なのだ。


 アルル・ナジャ。──亜麻色の髪をなびかせた太陽のように輝く少女。魔導師の卵でもあり、莫大な魔力をその身に内包している。
 性格は極めて明るく、楽天的。
 時々シェゾには想像も及ばないような行動を起こし、彼を驚かせる。
 しかし、それは時として彼を窮地に追い込む。もちろん本人に自覚はなく、実に無邪気に行っているので、始末に負えない。
 色んな意味で、彼女の無邪気さや無垢さは罪だとシェゾはいつも思っている。

 今回も何を血迷ったのか、彼女はシェゾの寝起きを襲撃しにやってくるようになった。何がきっかけなのかは、判らない。そうしてその理由さえも──。
『シェゾがすぐに、起きてくれないのが悪いんだよ』
 頬をふくらませ、反論するアルルを思い出す。
 寝起きの悪さは否定しない。それでも──。
「いい加減、身体がもたねぇよ」
 毎朝繰り広げられる過酷な仕打ちを思い出し、シェゾは露骨に眉根を寄せた。
 すぐにヒーリングをかけて回復してくれるとはいえ、精神的にも肉体的にもいい加減限界がくるというものである。

 他の者が同じ事を仕出かしたなら、何の迷いもなく闇の剣の錆にする所だが、相手がアルルではそうはいかない。
 なんだかんだといいつつも。
 結局、シェゾはアルルに弱いのだ。
 能力的に、ではなく精神的に。

 ──惚れた者の弱み……──。

 一瞬、浮かんだ言葉は即座に首を振って否定する。
「冗談じゃ、ねぇ」
 はき捨てるように呟いた。
 寝惚けた頭は、ろくな事を考えない。
 シェゾは微かにため息を漏らした。


 爽やかな風が頬をなでてゆく。
 無理をして早起きした所為か、心地よい眠気が緩やかに訪れる。
 周りの木々が木陰を作っているので、このまま昼寝するには丁度いい。
「流石にあいつもここまでは、追ってこないだろう……」
 シェゾはもう一度大きく欠伸をし、ゆっくりと瞳を閉じた。ほどなく規則正しい寝息が微かに聞こえ始めてきた。



 シェゾの認識は甘かった──。



 その頃、アルルはシェゾを探して森を歩いていた。
 この森はシェゾが好んでよく出没する場所のひとつだ。シェゾが逃げ込むとしたら、この辺だろうと見当をつけて来たのだ。
「さて。シェゾ、この辺にいるかなぁ」
「ぐぅぅ」
「今日はせっかくこうして、お昼まで用意したんだもの。何がなんでも見つけないとね」
 アルルは手にしたバスケットを大きく振りながら、カーバンクルに笑いかける。
 しかし、カーバンクルの方はもうどうでもいいとでも言うように、大きく欠伸を返しただけだった。
「もう。かーくんったら」
 そんなカーバンクルの態度にアルルは抗議の視線を送る。しかしカーバンクルはそんな視線を軽く受け流しただけだった。
「ぐー?」
「……え?……」
 ──なんで、そこまでして追うの?
 カーバンクルの問いにしばし、アルルは動きを止める。
「なぜ……?」
 アルルはほんの少し首を傾けた。
 特に理由がある訳じゃない。だって、そんな事、今まで考えた事もなかったから。
 でも、しいて言うなら──。
「楽しいから……かな?」
 うーん……。でも、なんか違う気がする……。
 独りぶつぶつと口の中で呟く。

 どうして……? どうしてなんだろうね?

 どうして……なんて、とうの本人にだって、解らない──。


 傍にいたい。
 かまいたい。
 ただ、それだけ。


「ま。いいじゃん。とにかく、行くよ」
 思考を途中で放棄し、アルルは再び軽やかに駆け出した。
 そして、掻き分けた下草の向こうに目的を見つける。
「あ、いた。シェ……」
 声を掛けようとして、ふと思いとどまった。
 アルルが近付いてもシェゾは一向に反応しない。こちらの気配に気づいていないようだ。
 そっと近付くと、シェゾが眠っている事に気が付いた。
「ありゃぁ……」
 かがみ込んでシェゾの顔を覗き込む。
 こうして、間近に彼の寝顔を見るのは初めてのことだった。

 背中の大木に凭れ、首を少し左に傾けるようにしてシェゾは眠っている。長い睫がうっすらと頬に影を落としていた。木漏れ日に銀髪が反射している。時折吹く風がその銀髪を微かにさらい、きらきらと光を反射させた。
「…………」
 思わず息を呑んで、見入ってしまう。

 ──……綺麗……。

 素直にアルルはそう思ってしまった。
「こうしてると、ホントにかっこいいおにいさんなのにねぇ」
 ため息混じりにアルルは傍らのカーバンクルを見た。
「あれ?……かーくん?」
 さっきまで傍にいたはずの、カーバンクルの姿が見えない。確か、さっきまでシェゾの周りをうろうろとしていたはずなのだが──。
「zzzzz……」
 シェゾのモノではない、イビキにアルルは音の方を注意深く覗き見る。
「ありゃぁ。かーくんまで……」
 シェゾのマントの影でカーバンクルは鼻ちょうちんをふくらませながら、実に気持ちよさそうに眠っていた。
「……ま。いっか……」
 呟き、アルルもシェゾの傍に腰を下ろす。見上げる空はどこまでも青い。渡る風も心地よい。
 今日は早起きしてお弁当を作ったから、アルルもチョット眠かったのだ。
 こうして、みんなでお昼寝するのもいいかもしれない。
「うん。こうゆうのも悪くない」
 にっこりと満足そうに微笑み、アルルはゆっくりとシェゾに身を委ねた。
 ほどなく、優しい睡魔がアルルを包む。


 ──目が覚めたら、皆でここでお昼ご飯を食べよう。

 楽しくお弁当を食べる風景を想像しながら、アルルは小鳥の囀りを子守唄に浅い眠りにつく。
 柔らかな風が、寄り添う二人をそっと包み込んだ。



・・・END・・・



*あとがき*


あるカバーソングを聞いていて、思いついたお話……のはずだったんですが、
どうゆうわけか、こんなコメディ一歩手前のストーリーになってしまいました(泣)。
アルル……間違った方向で積極的です。
こんなシェアル(いや。アルシェ?)ありなんでしょうか……って気分です。
ま。なんか楽しそうだから、いいか(?!)。
しかし……。このお話の元ネタになった(と思われる)歌が何なのか解る人っているんだろうか?(……謎だわ……)


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