×××〜キス〜




 どうして。

 どうして、キミだったんだろう……。

 今でも信じられないよ。
 何だって、こんなのに気を許しちゃったんだろうね、ボクは。



 今。
 目の前には、安らかな寝顔を晒している闇の魔導師がいる。川のほとりに寝そべって、それはそれは気持ち良さそうに昼寝を貪っている。
 別に探してたわけじゃないんだけど。
 たまたま、散歩してたら見つけてしまった。
 叩き起こそうかとも思ったけど。
 あんまり、気持ち良さそうだから……とりあえず、起こさないであげる事にした。
 で。
 別に、ドコかに行くってわけでもなかったから、そのままシェゾの横にしゃがみ込んでみたりする。
 シェゾの傍らには読みかけらしい小難しそうな分厚い本が広げっぱなしになっている。
 ……これ読みながら、寝ちゃったのかな?
 中身を覗きこんで、思わず頭痛を覚えた。こんなん読みながら寝たら、悪夢にうなされそうだよ。どんな、頭してんだろうね、このヒトってば。

 ──そう。
 シェゾってば、すんごく頭いいんだよね。なのに、魔導力はラクして手に入れようとする極度のめんどくさがり屋さん。
 言葉でキチンと説明するのも面倒なもんだから、いつも言いたい事も省略して。今だから、何とか理解も出来るけど。最初の頃なんかは何てヒトなんだと本気で思ったよ。



 思えば出会った時から、そうだったんだよね──。


「お前の全てが、欲しいだけだ」
 ボクに出会った時のキミの第一声が、これだよ?
 信じられない。
 どう、大目に見た所で初対面の女性にかける言葉じゃぁないよ。
 その後とったキミの行動も、どうしたって誉められるもんじゃないしね。
 誘拐に監禁。立派な犯罪だよ。キミ、ボクに訴えられても文句の言える立場じゃないって、コトだよ?
 そんな訳で、最初は絶対キミには関わるまいと本気で思っていたのに。

 それなのに。

 キミはなおもしつこくボクを追いかけてきたね。ボクの行くトコロ、行くトコロ必ずと行っていい程現れて。
 ストーカー?
 ボク、本気でキミの事そう疑った事もあるんだよ。

 でもね。

 知れば知るほど、不思議なヒト。
 冷たいのかと思ってたら、実はそうでもないし。悪人なのかと思ったら、結構間抜けだったりする。
 そんなキミの個性(?)にそのうち興味を持ちだしてしまった。

 そして。

 何度となく関わりを持つうちに、ふと垣間見せるキミの優しさに、ボクはかなりの衝撃を受けたんだ。
 多分、キミは意識なんてしていないんだろうけど。

 それでも。

 ボクのキミに対する認識を改めさせるには十分で。

 そういえば。

 キミには、何度も危ないトコロを助けられたりもしたっけ?
「お前は俺のモノだ」
 ──とか。
 傍から聞いたら、絶対誤解されるようなハズカシイ台詞を、さらりと言ってのけちゃったりして。
 そんなコトを何度も何度も繰り返して。
 何時の間にか少しずつ、ボクはキミに惹かれていったんだよ。

 もちろん。

 キミはそんな事、全く気がついては、いないんだろうけど。



 今。
 目の前には、ボクの心の葛藤もドコ吹く風で、未だ目覚める気配もなく、すやすやと眠っている闇の魔導師がいる。
 穏やかな寝顔。
 まるで、精巧なお人形さんみたい。
 風に遊ばれながら、銀色の輝きを放つ髪。お日様の光をやんわりと反射させている白磁の肌。そして、いつもは不機嫌そうに歪められて、毒しか吐かない嫌味な唇。

 ほんの少しだけ──。

 触れてみたいと、思ってしまった。
 幸い……というか、辺りに人影はなくて。
 魔が、さしてしまったとでも言うのだろうか。

 そっと……。
 顔を寄せていく。次第にシェゾの顔が近くなって、ドキドキと胸が高鳴った。
 たまらず、ボクは瞳を閉じる。
 それでも。
 ボクとシェゾの距離は徐々に縮まっていって……。

 ほんの僅かの時間。
 ボク達の唇は微かに重なった──。


「……どうゆう、つもりだ?」
「えっ……」
 瞳を開けると、至近距離に深い蒼色が映った。そこに映るボクの驚く表情。
 ── 一拍の空白をおいて、ようやく状況を飲み込んだボクは反射的にシェゾから身を離した。
「しぇ、シェゾ?!」
 全身から一気に血の気が退く感じ。なのに、顔だけが妙に熱い。
 どうしよう。
 絶対に。今どうしようもないくらい真っ赤になってる……。
 なのに。
 目前のシェゾは、まるで動揺した様子もなく無表情だ。
「──……いつから……?」
「別に、熟眠していた訳じゃなし……。お前が近付いてきている事ぐらい判っていた」
「なっ?!」
 事も無げにそう言ってのけるシェゾに、思わず眩暈を覚える。

 ──……ってコトは、つまり……最初っから?

 なんて、性悪!
 なんて、悪趣味!
 なんて!
 なんて……!!

「……──へんたいっ!」
 シェゾの瞳が一瞬すぅっと細められた。
 で。
 次の瞬間、凄く意地の悪〜い笑みを浮かべる。
「──……寝込みを襲う奴は、変態とは言わないのか?」
「そ、それは……」
 痛い所を突かれた。
 答えに詰まるボクを更に悪魔の表情を浮かべたまま、シェゾが音もなくボクに近付く。
「もう一度、聞く。──どうゆう、つもりだ?」
「う゛ぅ……」
 こ、答えられる訳が、ないじゃないか。
 殆ど無意識な行動だったんだから。
 そんなボクの心中を知ってか、知らずか。
 シェゾは更にボクとの距離を詰める。今やボクと彼との距離は、唇が触れそうなほどにまでなっていた。
「自分の行動には、最後まで責任、とれよ?」
「ど……どうすれば、いいの?」
 すぐ傍の深い蒼色に、吸い込まれそうになる。
 どんどん顔が強張るボクとは対象的に。
 シェゾの表情は面白いおもちゃでも得たような、嬉々とした表情になった。
「俺のモノになれ」
「んな、無茶苦茶な……」
「先に挑発してきたのは、そっちだろ?」
「うっ……」
 言い返せない。

 どうしていいのか解からなくて、パニックに陥っているボクをシェゾはいとも簡単に押し倒してしまう。
「なっ……。こ、こんなトコロで、何をするつもり?」
「別に……。何もしないさ。お前が逃げないように、確保しただけ」
「は……離して!」
「生憎だったな。この俺が、一度捕まえたモノを容易に手放すとでも、思ったか?」
「そ……そんなぁ……」


 この後。
 ボク達の関係がどうなったか……。
 実は、ボクとしてはあまり口にはしたくない。

 ただ、あの時。
 ボクが、キミに触れたりさえしなければ。
 

 あぁ……。
 この世に存在する全ての神様、時の女神様。
 もし。
 出来るのならば、もう一度時間を戻して下さい。


 そしたら、ボク。
 絶対に二度と同じ過ちを繰り返したりは……しない、から。


・・・END・・・


*あとがき*

某サイトさんの「15000」HITをお祝いする為に書き下ろした激甘シェアル。
──のつもりなんですが。これで砂を吐くのは……ムリですかねぇ?
一応これには、「〜シェゾ篇〜」ってのが存在します。
この小説と「〜シェゾ篇〜」でワンセットと言った所でしょうか。
とりあえず、捧げモノですので、片方だけの公開です。


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