夜明け





 まだ夜も明けきらぬ時間帯。
 小高い丘に向う山道を、一人の少女が息を切らせながら歩いていた。
 うっすらと額に汗し、亜麻色の前髪がピッタリと張り付いている。その前髪を時々うっとおしそうに掻き揚げながら、少女はただただ頂上を目指す。
「もうすぐだ」
 言葉の通り、目前数メートルに視界の拓けた場所が見えた。少女の目的地である。

「う、わぁ〜っっ!」
 頂上になんとか辿り着いた少女が感嘆の第一声を上げた。
 苦労して昇ってきた甲斐があるというものだ。まだ太陽は昇っていない時間帯の為、辺りは薄暗く下界も見通しが利かないというものの、丘を駆け抜ける風が、とても心地よいのだ。
「やっぱりカーくんも連れてくれば良かったカナ?」
 汗ばんだ身体に風を受けながら、大きく深呼吸して。少女はそう呟いた。少女といつも一緒のカーくんと呼ばれる小動物は、某魔王の城のご馳走に目が眩み、テコでも動く気配を見せなかったのだ。
「なぁ〜に。カーバンクルちゃんの一人や二人、いくらでも面倒を見てやるから心配はいらんぞ。何だったら、お前の面倒も共に見てやるが?」
 という、お気楽な魔王の申し出もあったが、少女は丁重に辞退した。何もこんな早朝から出ていく事もあるまいと言外に含んでいたのも判っていたが、どうしても日が昇るまでに来ておきたい場所があったのだ。
「でも、間に合って良かった……」
 遠く山間に視線を向けながら、少女はちゃんと目的通りに事が運んでいる事に安堵する。
「さて」
 適当な場所に腰を下ろし、少女は背負ってきたリュックから防寒着や酒やらつまみやらを取り出す。多分もうしばらく時間を潰す事になるのだ。魔王の所から少しおすそ分けして貰ったご馳走を口に頬張りながら、少女は目的の時をそうして待つ事にした。


 ガサゴソと……。
 草根を掻き分ける音がした。
 ご馳走を頬張ったまま、少女は音のする方に注意を向ける。暗闇の向こうから、何かが近付いてきているようだった。
 しばらく暗闇を凝視していると、やがてその暗闇から一人の男が姿を現した。
「あっれぇー?……シェゾ……?!」
「…………っ!!アルル……?」
 お互い良く知った顔だった。
 シェゾの顔が驚きの表情からすぐに苦虫を噛み潰したような表情に変わる。
「……何で、お前とこんな時間、こんな場所で出くわさねばならんのだ……」
 そのセリフにアルルがムッとしたように声を尖らせる。
「それは、こっちのセリフだよぉ。夜行性で、寝起き最悪のキミがどーしてこんな朝早くに起きてるのさ?」
「夜行性で悪かったな。──たった今、ダンジョンから帰ってきたトコなんだよ」
「あぁ……。どおりでここ数日見なかった訳だ」
 そういえば、さっきまでいた魔王の所にも彼がいなかった事をふと思い出す。まぁ、もともと彼はそうゆう騒がしい所に身を置くタイプではなかったので、その時は気にする事もなかったが、良く考えればあのご馳走を彼が見逃す訳がないと思い正す。
「──で。そうゆうお前こそ、こんな時間から何をしている?」
「え?ボク……?そりゃぁ、当然──」
「まぁいい。それよりも、貴様いいモノを持っているな」
「──……まぁ、いいって……。自分から話ふっておいて、それはないんじゃない?」
 相変わらず、ドコか噛み合わない一方的な会話に、アルルは密かに嘆息する。
 しかし、当のシェゾは一向にそれを気にする様子はない。じっとアルルの手元に視線を定めたまま、もう一度強く強調する。
「そ・れ」
「あ?……あぁ、これ?」
 やっとシェゾの言わんとする事に思い至ったのか、アルルが手に持ったままになっているご馳走と魔導酒とを掲げる。
「それを、こっちに渡してもらおうか」
「……え?」
「だから。それらを全て、俺に渡せと言っている」
 がっくりと肩を落としながら。
 大袈裟な態度で、アルルは溜息をついてみせた。
「あのねぇ。キミ、少しはモノの頼み方を覚えたほうがいいよ?」
「別に頼んでるわけじゃ、ねぇよ」
「じゃぁ、何さ」
「命令してんだ」
「うっわぁー。態度デカ!めっちゃ偉そう!!何でキミに、命令されなきゃなんないのさ」
「うるさいっ。俺はたった今、ダンジョンから出てきたばっかりで、腹は減るわ、魔導力も残り少ねぇわで、困ってんだよ」
 困ってる奴には、手を差し伸べろ。
 ……と、かなり言っている事は滅茶苦茶である。
「だったらなおさら。キミに渡すわけにはいかないよ。どーせ、ロクな事にならないんだから」
「よくわかってんじゃねーか」
「そりゃぁ、まぁ……。付き合いも長くなってきたからねぇ」
「だが、まだまだ甘いな。大人しく渡す気がないなら、力ずくで奪うまでだ」
 シェゾが戦闘体勢に入った。手に闇の剣を召喚し、反対の手に魔導力を集結させる。
「キミこそそろそろ学習しなよ。どうせ、ボクに勝てやしないんだから」
「喧しい!その減らず口、今日こそ黙らせてやる!!」
「やれるものなら、やってみなよ!」
 二人の魔導が急激に膨れ上がった。


「──……む、無念だ……」
 数分後。
 地面に無残に転がる一人の男がいた。
 盛大な溜息と共に、アルルがそのゴミくずと化した男に近付いていく。
「だから、言ったのに……。ほとんど魔導力がないくせに、どうやってボクに勝つ気でいたのさ」
「──……くそっ……」
 ホントに悔しそうにぎりぎりと歯軋りする音が聞こえる。恨めしそうな蒼い瞳が勝者を睨めつけた。そんな様子にアルルは苦笑する。
「もう……。お腹、空いてんでしょ?──……ほら」
 シェゾに向って手を差し伸べる。
 何か釈然としないながらも大人しく、アルルの手を借り、シェゾが身を起こした。そのままアルルに引っ張られるようにご馳走や酒が置かれた場所まで導かれる。
「な……何だっ?」
「何って……。一緒に食べよ?」
 シェゾが困惑の表情を浮かべた。
「さっき、やらないって……」
「それは、キミが横暴な事言うからでしょ」
 コップに注がれた酒をシェゾに手渡しながら、アルルがシェゾを軽く睨む。シェゾが微かに身じろいだ。
「ボク、別にシェゾと争いたいわけじゃ、ないよ?」
「………………」
 シェゾは黙ったまま酒を呷る。そのシェゾの顔に、うっすらと明るい光が差してきた。
「あ……」
 アルルが反射的に山間を振り返る。朝日がそこからうっすらと顔を覗かせ始めていた。
「お日様が昇ってきた……」
「あ゛……?」
 アルルの呟きに、怪訝そうなシェゾの声が重なる。
「シェゾ。明けましておめでとう!」
「…………は?」
「は?って……。シェゾ。今日が何の日か、まさか、忘れてる?」
 あぁ。そういえば。
 魔王のトコでの「年越しカウントパーティ」に、彼は出席していないのだ。それに、ここ数日はダンジョンに潜ってたって言っていたし。
 そんな事を考えているアルルに、手近の食べ物を含みながら、さして面白くもなさそうに、シェゾが答えた。
「今日が何の日だろうと、俺には関係のない事だろうが。ま。お前の今の言葉で、今日が何の日か位は解かったよ」
「相変わらず、マイペースだなぁ」
「お前に言われたくは、ねぇな」
 話もそこそこに、朝日を拝むアルルを横目にしながら、シェゾが毒づく。が。その表情はどこか穏やかだ。
「まさか、お前とこうして新年を迎える事になるとは、思わなかったが……。ま。たまには、こうゆうのも悪くないか」
 祈願を終えたアルルがシェゾに笑顔を向ける。朝日を逆光に浴びたアルルが少し眩しくて、シェゾは微かに目を細めた。
「シェゾ。これからもよろしくね?」
「……一体、何をよろしくするんだか」
 しかし。
 そんなシェゾの小さな呟きは、すこぶる機嫌の良いアルルの耳には届いていなかった。


 A Happy New Year!!
    ──……今年も一年、良い年でありますように……。



・・・END・・・



*あとがき*


新年バージョン、シェアルストーリーを目指して製作したはずが、見事に撃沈。
いや。別にいいんですけどね。……ただ、出来ればもっと甘いモノにしたかった。


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