title>シェアル……というよりは、アルシェ……かもしれない?


─びやく─



 ほんのちょっとした、出来心だったんだ。
 だって君はいつだってポーカーフェイスで。振り回されるのはいつもボクの方なんだ。だから、試してみたかったんだ。
 ホントだよ。他意は、ないんだ。……多分。


 ここの所、お馴染みになった夕時の風景。
 シェゾがリビングのソファーに寝そべっていて、ボクはキッチンで夕ご飯の準備をしている。
 いつからこうなったのかは、もう覚えていない。
 毎日、いつも決まってシェゾに出くわして、いつものパターンで戦闘が繰り広げられ、夕方近くにお互い疲れきって終結する。そうしてその後は、ボクの家に来て一緒にご飯を食べるんだ。
 お互い、何時の間にかそれが当たり前になってしまっていた。
 最初はボクの家に来るのを嫌がっていたシェゾも、今では当然のようにリビングのソファーを占拠してしまってるし……。
 別にこの状況が嫌な訳じゃないんだ。最初にご飯に誘ったのは、ボクの方なんだし。誰かと一緒にご飯を食べるのは、やっぱり楽しいとも思う。
 コンロにかかるカレーをおたまでかき混ぜてたら、リビングで騒ぐ声が聞こえた。シェゾとかーくんだ。また、やってるよ……。まあ、いいんだけどね。
 なんとなくため息をついてから、ボクはスカートのポケットに手を入れた。
中から透明なガラスの小瓶を取り出す。手のひらにすっぽりと収まってしまうくらいの小さな薬瓶。それは、さっきウィッチから貰ったものだった。


「まあ、自白剤のようなものですわ」
 楽しそうなウィッチの声がボクの脳裏によみがえる──。


「シェゾってば、一体何を考えてるのかなぁ」
「……何ですの? 突然」
 お昼過ぎ。ウィッチの店で欲しいものを物色しながら、ついそんな事を呟いてしまった。
 別にそれまでシェゾの事を話題にしていた訳じゃなかったから、ウィッチが不思議そうに片眉を上げる。
「何でいつもボクに勝負を挑むんだろう?」
「そりゃぁ、シェゾさん曰く、アルルさんの魔導力が目的だから、でしょう?」
「でも、前ほど深刻な状況でもないんだよね。だって最近じゃぁ、いつも夕ご飯一緒に食べてるし……」
「まぁ……」
 面白い話でも聞いたように、ウィッチは瑠璃色の瞳を大きく見開いた。
「それは、それは。お熱い事で」
「べ、別に、そんなんじゃないもん」
 からかう様に微笑むウィッチに、思わず即答してしまう。うぅ、多分赤面しちゃってるよ、ボク。
「でもね。ボク、シェゾの事嫌いじゃないよ。友達だと思ってる。なのに、なんで毎日戦わなくちゃいけないんだろうって……」
 さすがに黙り込んじゃったウィッチは、しばらく考え込むように宙に視線を彷徨わせ、ふと思い出したように店の奥へと姿を消した。
 ややして、戻ってきたウィッチは瞳を悪戯っぽく輝かせて、ボクに言ったのだ。
「これをシェゾさんに飲ませれば、解かりますわよ」


 ウィッチの気迫に負けて、思わず受け取ってしまったけど……。
 これ、見た所、ウィッチの手作りっぽいよねぇ。大丈夫かなぁ。
 ──とか言いながら、ちゃっかりもうシェゾのカレーに混ぜちゃってるし。まあ、もし失敗薬だったとしても、まさか死んじゃう事はないよね?
 目前に運ばれたカレーをすでにがっついているシェゾを見つめながら、縁起でもない事をつい考えてしまう。
「? ……何だよ」
 あんまりじっと見つめてたもんだから、怪しがられてしまったみたい。匙を止めたシェゾが不機嫌そうにボクを睨み付けている。
「ううん。おいしい?」
「あ? あぁ、まぁまぁかな」
 曖昧に応えて、また残りをかき込み始める。う〜ん。相変わらず、見事な食いっぷり。何か、飢えた子みたいだなぁ。
 思わず緩んできそうな頬を、咳払いで誤魔化して、ボクもカレーを食べ始めた。もちろん、ボクのカレーにはあの怪しい薬は入れてないけどね。


 かーくんは大量のカレーをたいらげた後、ソファーの上で気持ちよさげに鼻ちょうちんを膨らませている。もちろん、かーくんのカレーにも例の薬は入れていない。まあ、かーくんがシェゾのカレーにまで舌を伸ばした時はヒヤリとしたけどね。
 ボク達の食事も終わって、さあ片付けようかなとボクが立ち上がった、ちょうどその時──。
 突然、机越しにボクの腕が捕まれた。
「いたっ……」
「あ……」
 ボクの悲鳴に我に返ったように、シェゾは慌てて手を引っ込める。しばらくボクたちは見つめあったけど、先に気まずそうに視線を外したのは、シェゾの方だった。
「……なんだってんだ……」
 小さな言葉がシェゾの口から吐き出される。とっても苦し気で何かを耐えているような……。
「シェゾ……?」
 どうしよう?シェゾがとっても苦しそう。もしかして、あの薬のせい?やっぱり失敗作だったのかなぁ。ボクのせいだよ。うわぁ、シェゾが死んじゃったらどうしよう。
「シェゾ。大丈夫?苦しいの?」
 おろおろと、ボクは、シェゾの元に駆け寄った。苦しそうに胸を押さえる姿が何だか痛々しくて、思わずその肩を抱き寄せる。
「!! 離せ!」
 ボクが触れた途端、ビクリと全身が緊張して、シェゾは力いっぱいボクの手を振り払った。
 パシンと乾いた音が室内に響く。
「……あ……」
 ボクの驚いた表情に、戸惑いの色を見せたシェゾは次の瞬間──。
「シェゾ!」
 何かの予感がボクを突き動かした。とっさにシェゾに手を伸ばして。
 彼の腕を掴まえたと同時に、軽い目眩のような浮遊感を覚えた。シェゾが、転移の魔導を発動したのだ。


「ここ……は……?」
 視界が変わって、なんだか薄暗い室内にボクたちはいた。ボクは、シェゾの腕を掴まえた形のまま、周囲を見渡している。
 必要最小限の調度品しかない、殺風景な部屋。ベッドと小さな卓。その上に設置された小さなランプ。
 ここ、何処だろう?
「……何で、お前がついてきてんだよ……」
 いつもより更に声を低くして、シェゾがボクを睨み付けていた。掴んでいた腕を慌てて解放し、両手を顔の所で広げてみせる。──ちょうど、降参って言ってるような形。
 うぅ……。そんな、恐い顔しなくたっていいじゃないか……。
「だって、君ってば何にも言わないで、消えようとするんだもん」
 抗議するように上目遣いにシェゾを睨み返すと、彼は視線を外して小さく舌打ちした。
「ったく、ヒトの気も知らねぇで」
「ねぇ。それより、大丈夫なの?もう苦しくないの?」
 そうだよ。さっきすごく苦しそうだったよ?まだ、なんだか辛そうだし。それにほんの少し、頬も紅い。熱でも出てきたのかな?
 心配で、こっちを見ようとしないシェゾを無理矢理こっちに向かせる。両方の手のひらで彼の頬を挟んでボクと向き合う形になるように。
 途端シェゾの顔はますます紅潮した、よう……な。
「ばっ……触るなっつってんだろ!」
 ドスきかせてるけど、迫力がいつもより欠けてるよ。だって、声、裏返っちゃってるんだもん。
「辛いんだったら、少し横になる?ほら。ここ、ちょうどベッドもあるし……」
「俺の部屋だよ」
「ほぇ?」
「だ・か・ら。ここ、俺の寝室なんだよ。お前、今の状況、判ってんのか?」
 シェゾの両頬を押さえたまま、ボクはほんの少し首を傾げてみせた。何を言ってるのか、よく解からない。
 とりあえず判ったのは、ここがシェゾの家だってこと。
 そっか。シェゾ、ちゃんと家があったんだぁ。……なんて。
 全然関係のない、考え様によっては失礼極まりない事をボクは呑気に考えていた。
 だから、シェゾの行動にすぐに反応する事が出来なかったんだ。
「……え?」
 両頬に当てていた両手を掴まれたかと思うと、すぐさまぐいっと引っ張られる。バランスを崩したボクは自然、シェゾの胸に抱きすくめられる形になってしまった。そのまま、シェゾの腕がボクの背中にまわされ、息が出来ないくらい強く抱きしめられる。
「え? え? ……シェゾ?」
 ボクの頭はハテナマークでいっぱいになってしまった。何が起こっているのか、理解出来ない。いや、シェゾに抱きしめられているんだってのは、判るんだけど、どうして、こうなっちゃってるの?
「あ、の……」
 なんとか、顔を上げようと身体をよじる。やっと頭が自由になって見上げると、シェゾの蒼い瞳と視線がぶつかってしまった。熱を帯びてゆらゆらと煌く深い蒼。吸い込まれそうなその瞳に、ボクは魅入られてしまった。
 その瞳がふいに、ぎゅっと閉じられる。もっと見ていたかったのに……。って、ボク、一体何を……?
「……っ、くそったれ……」
 シェゾがそう吐き捨てた途端、ボクは再び軽く突き飛ばされていた。
 もう、訳わかんない。
「シェゾ。ねぇ。どうしちゃったの?」
「っるせぇ。……帰れよ。俺に近寄るんじゃ、ねえよ!」
 強い語調に、思わずびくりと身体が震え上がる。
 ……シェゾ……怒ってる、の?
「何……で……?」
 動けない──。シェゾが恐くてじゃない。ボクの胸が一瞬締め付けられたように痛んだんだ。
 シェゾはボクを見ようともしない。ボクに背を向けたまま。
 ねぇ。何で?やだよ。……ねぇ。ボクを見て。
「シェゾ!」
 思うより先に身体が動いていた。シェゾの背中を強く抱きしめて、顔を埋める。
「何でそんな事言うんだよ。ボクは……、ボクは」
 一体何を言おうとしているんだろう。
 分からない。分からないけど、ボクの口は止まらない。
「ボク、絶対に帰らないからね」
「いい加減、っるさいんだよ」
 一瞬、頭が真っ白になった。
 ボクの唇が何かに覆われていた。徐々に唇を通して体温が伝わってくる。ボクの体温、じゃない。これは……。
 シェゾの顔が今までにないくらい近くにある。ボク、シェゾと……。
 そう気づいたら、一気に心臓が暴れ出した。息苦しくなって、口が酸素を求める。
「んっ……シェ、ゾ……」
 シェゾが弾かれたように、ボクから身を離す。シェゾの目に見る見るうちに自己嫌悪の色が広がっていく。
 シェゾは動かなかった。ボクの言葉を待つ様に、じっとボクを見つめている。
 突然こんな事されて、泣きたいのはボクの方なのに、なんでそんな、傷ついたような、泣きそうな顔で、ボクを見るの?
 シェゾは一体、何を求めているんだろう? いつも、何も言ってくれない君。ボクはいつだって、君の事をもっと知りたいと思っているのに。
 どれくらい、時間が経ったんだろう。ようやく、シェゾが口を開いた。
「……逃げない、のか?」
 ボクは首を横に振っていた。こんな、捨てられた仔犬みたいなシェゾを放っておけないよ。
 ボクが知りたかったのは、君のホントの気持ち──。
 シェゾが自嘲めいた笑みを浮かべた。ゆっくりとボクに手を伸ばす。
「どうなっても、俺は知らねぇから、な」
 念を押すようなシェゾの言葉が耳元で囁かれた。そのまま、もう一度唇を重ねられる。何度も何度も位置を変えて……。ふいに、一段と深く口付けされた。
「あ……ぅ……んんっ……」
 頭の芯が痺れたように、思考が、乱れる。
 抵抗しようとしたけど、うまく力が入らなかった。
 もう、何も……考えられ、ない……。




「……こんな形で抱くつもりはなかった……」
 小さく囁くシェゾの声は、今にも消え入りそうに弱々しい。
 ボクは、気にしてないよと言うように、そっとシェゾの銀髪をなでてあげた。ホントは、声に出して言いたいけど、まだ、ちょっと言葉を発する事は出来そうにないんだもん……。身体の方もまだ、満足に動かないんだけど、とにかく何かしてあげたかったんだ。
 いつもだったら絶対に言わないであろうこんな謝罪のような言葉を、このヒトが言うなんて、よっぽどの事のように思えたから。
 それに、これはボクが自ら招いたようなモノだし──。
 すっかり、しゅんとしてしまっているシェゾが何だかとても愛しくて。
 そっか。ボクってば実はシェゾの事、「友達」としてでなく、「特別に好き」なのかもしれないな……なんて思ったりもして。
 こんな状況なのに、何故だかとても嬉しいと思ってしまう自分にボクは思わず笑ってしまった。
「……なんだ、よ」
 自分の事を笑われたと誤解したんだろうか。シェゾが少しむっとしたように眉根を寄せる。
「ご、めんね……」
 ボクのわがままに、付き合わせちゃって……。
 それだけ、何とか言えた。ちゃんと伝えられただろうか。
 シェゾは何も言わず、ただボクをぎゅっと抱きしめてくれた。


「しかし、何だって……」
 抑えられなくなったんだ……。
 随分、後になって──。
 シェゾはふと独り言のようにそう呟いてた。
 ボクに聞こえない様に呟いたんだろうけど、聞こえちゃったよ。
 ──ごめんね。実は、ボクが原因なんだ……って、言える訳、ないよねぇ。
 シェゾってば、怒るとすごく恐いんだもん。
 でも結局、あの薬は何だったんだろう?
 今度、ちゃんとウィッチに聞いてみよう。


 でも──。
 あれは、ほんのちょっとした、出来心だったんだ。
 ホントだよ。ホント、あの時は別に他意はなかったんだ。……多分、ね。

 

・・・END・・・




*あとがき*

シェアル……というよりは、アルシェ……ですね、これ。
意識しないまま、シェゾを挑発して翻弄するアルル……。そんな彼女が書きたかったんですが、上手く表現出来たかどうか。(苦笑)
しかし……、ひっぱるだけひっぱって、肝心な所は結局書かずじまい。読者が消化不良になってしまいそう。
ま、肝心な所は皆様のご想像におまかせします。(笑) これのシェゾサイドのお話である「理性と欲望の狭間」とセットにして、某サイト様に投稿させて頂きました。


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