ホントの気持ち-side A-
トクン……トクン……。
鼓動が聞こえる。自分のじゃない、あの人の心臓が奏でる命の音。
こうして彼のぬくもりと鼓動に包まれるようになって、一体どれくらいの月日が経っただろう──。
ゆっくりと目を開ければすぐ傍にある端正な寝顔。規則正しく刻む鼓動に耳を傾けながら、そっと前髪に手を伸ばす。指に絡めた銀髪がさらさらと滑り落ちた。
「ん……」
微かに反応が返るが、まだ目を覚ます気配はない。彼はもともとあまり寝起きは良い方じゃない。まだ、当分目を覚ます事はないだろう。
肩に掛かる彼の腕をそっと外し、身を起こす。微かに残る全身の気だるさに眉を顰めながら、彼を起こさぬようボクは静かにベッドを抜け出した。
「……アル…ル……」
名前を呼ばれ、一瞬心臓が飛び出しそうになった。じっと彼の様子を窺ったけど、別に目を覚ました訳じゃないようだ。
「寝言……?」
彼の安らかな寝顔に安堵し、ボクはそっと彼の頬に口付けを落とした。
外はもうすぐ夜明けという所──。空にはまだ星がちらほら瞬いているけど東の空がうっすらと色を変えつつあり、早起きの小鳥があちこちで鳴き始めていた。
火照った身体に、外気が気持ちいい。
胸一杯に空気を送り込むために、ボクは大きく伸びをした。ふと、その手首に目が止まる。
「……もう。シェゾったら、こんなとこにまで……」
右手首のちょうど内側にあたる場所に、ほんのりと紅い痕が浮かんでいる。
指で痕をなぞる様にしながら、ボクはそんな呟きを洩らした。
多分、痕はここだけではないだろう。身体中のあちこちに彼の印は刻まれているに違いない。
「ずるいよ……」
思わず、零れてしまう呟き。痕のついた右手首を胸に引き寄せ、反対の腕で抱きしめる。
「君はそうやっていつもボクを束縛するんだね」
シェゾは、とてつもなく独占欲が強い。
彼と肌を重ねる度に、ボクはそれを思い知らされる。
愛してる……──。
シェゾは一度だって、そんな事言ってくれやしない。普段はもちろん、ボクを抱いている時だって……。
なのに、いつだってボクの事を束縛するんだ。
──お前は、俺のモノだ。……俺だけのモノだ。
繰り返し、繰り返し囁かれる彼の言葉。それはまるで言霊のように、ボクの心と身体を支配した。
束縛されるのは嫌な筈なのに、なぜかシェゾにだけはそれを許してしまう。そうされる事に、喜びすら感じてしまう。
初めて関係を持った時ですら、シェゾの事を恨む気にはなれなかった。それは、あまりに突然で、ボクの意志を無視した形であったにも関わらず──。
「くやしいなぁ」
そう。あまりにくやしいから、シェゾに自分の気持ちを未だ告げていない。そうした所で何の得にもならないのだけど、癪だから……ボクからは絶対、言ってやんないって決めていた。
でも、ボクがこんなに意地を張っちゃうのは……。
「君がいけないんだからね」
「何だよ、それ……」
応えってくるはずのない声に、ボクは心底驚いた。
振り返ると、そこに彼が立っていた。風がボク達の間を通りぬけ、互いの髪をまき上げる。
彼の銀髪が微かな光を反射しながら、ふわりと舞った。
「……シェゾ……」
「何やってんだよ、こんな時間に」
ちょっぴり不機嫌そうに洩らしながら、シェゾがゆっくりとボクに近付く。ぼぅっと眺めているボクの背後まで来て、シェゾはボクを後ろから抱きしめた。胸が背中にあたって、衣服を通してシェゾの体温が伝わってくる。
トクン……トクン……。
シェゾの鼓動が自分の鼓動と重なった。
「あったかい……」
「バカ。お前が冷たすぎるんだよ」
「そっかぁ」
言葉はそっけないけど、トーンが優しい。
ボクを暖めるように。
ぎゅっと、シェゾの腕に力がこもった。
「……ところで、何がいけないんだよ」
「え?」
「さっき、言ったろ」
「ああ、あれ……」
首を斜め後ろに傾けてシェゾの瞳を覗き込む。シェゾがそのまま静かに口唇を重ねてきた。
不器用な君──。
いつも肝心な言葉を言ってくれない、君──。
君は、一体ボクの事をどう思っているんだろうね。
「ふふふ……」
「……なんだよ?」
シェゾが不機嫌そうに眉を顰める。
ボクが欲しいのは、君のホントの気持ち。
でも、自主的に言ってくれないと意味がないものだから……。
「内緒だ、よ」
いつか……、いつか言える日が来るんだろうか?
シェゾ……。君が……好きだよ……。
・・・END・・・
*あとがき*
うっわ〜……。何か、このアルルさん、妙に悟りきっている(汗)。
書いている時にはあんまり気にしてなかったけど、完成してから読み返して、 自分で思わすツッコミ入れたくなってしまいました。
恋愛に対してとっても不器用そうな二人。
そんな二人のやりとりが上手く表現出来ればなぁなんて考えてたんだけど、 仕上がってみればなんか考えてたのとは違うよう、な──。
ま。いっか……。いつもの事だし(っていいんかい?!)
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