夏といえばやっぱり

羽鳥


 みーんみーん、とそこらじゅうでミンミンゼミが鳴いていて。
 奴らを追いかけてアミを持った男の子達が朝から走り回って。

 一番日差しの強いお昼過ぎには、風通しのいい縁側でお昼寝タイム。
 口から白い煙をのぼらせてる蚊取り豚と、細長い紙をぴらぴらさせてる扇風機を添えて。

 よーするに。

 夏、まっさかり。





「浮き輪でしょー、ばけつにぃ、スコップにぃ……やっぱりビーチボールは必需品だよねー」

 アルルが背負う予定のリュックには、持っていきたい物の全部が入るはずはなくて、手提げの旅行かばんがどうやら大活躍の様子。ただでさえ着替えやらタオルやらでかなり場所をとっているというのに、アルルには荷物を減らすなんて考えはどうやらまったくないみたい。

「あーっ、入んないよぉ。もっと大きいかばんじゃないとだめかなぁ」
「だからさっきから荷物を減らせと言ってるだろうが。ひとの忠告は素直に聞け」

 正しいつっこみをするのは、闇の魔導師らしからぬテキトーな服装でソファに寄りかかってるシェゾ。ここはアルルのおうちだけど、すでに勝手知ったる何とやら、テーブルにはシェゾが自分で冷蔵庫から出してきた麦茶がグラスで氷を揺らしてる。

 かばんの口が閉まらなくて四苦八苦してるアルルを、手伝うことなくただ眺めてる。シェゾらしいと言えばシェゾらしいけど、困ってるアルルを見て、楽しんでるのかあきれてるのか。

「うちに置いてった物を使いたくなるかもしれないじゃないかぁっ」
「必要なら俺が転移させてやるぞ?」
「それじゃぁ荷造りの意味がないよ! だいいち、キミは着替えみたいに必要最低限のものしか取りに来させてくれないでしょ」
「当然だ。お前の遊び道具のためにいちいち転移なぞしていられるか」
「ほらぁ」

 そうそう。ひとの力を当てにしちゃいけません。シェゾに何か頼んだら、かわりにどんな代償を求められるかわかったもんじゃないし。

「とにかく! 明日の朝、出発までにはちゃんとかばんの口を閉めておけ」
「……ちゃんと起きてよ、シェゾ」
「閉められないからって徹夜しないようにな」

 厳しいシェゾに、アルルは抵抗を試みた。シェゾはなんてったって寝起きが最高に悪いから、そこにぷすっと釘をさした。でも結局、もっと大きな釘をぶすっとさされてしまった。

 かばんとの格闘を続けるアルルを尻目に、シェゾは鼻を鳴らしたかと思うと転移でどこかへ消えてしまった。



 ――明日から、アルルはシェゾと一緒に一泊二日の小旅行に出発するのだ。
 行き先は、海。








「ひろーいっ! あおーいっ! しろーいっ!」

 翻訳すると、
「海が広い」
「空が青い」
「雲が白い」
 以上、アルルの感動名言集。

「そんなことは見ればわかる。それで感動した、とか、こういう風に感じた、とか、もっと建設的なことは言えんのか」
「シェゾが反応薄すぎなんだよ。ひなたぼっこしてお茶すすってるおじいちゃんみたい」
「……遠まわしにスケルトンTみたいだと言ってるな」

 アルルとシェゾは今、防波堤の上に立っている。まさにかきいれどきの海水浴場は、遠目に見下ろすふたりにもわかるほど、人の多さが際立ってる。

 と、ゆーわけで。シェゾは海や空に感動する気分じゃない。人の多さにうんざりして、それからお子様アルルから目が離せないだろうことにうんざりして――ようするに、到着したばっかりなのに、もう疲れちゃってる。

 くいくい、とアルルがシェゾの服を引っ張った。

「ん?」

 疲れたシェゾは、何とはなしにため息をついていた。無理して誘った感のあったアルルには、それだけで十分、「ごめんね」と言いたくなるほどだった。

「シェゾ……」
「気にするな。微塵も来たいと思ってなかったら、即行で断っとる」
「シェゾも、海に来たかったの?」
「――まぁ、お前とふたりだからな」
「えっ」

 ぽひゅっと顔が真っ赤になっちゃうようなことを簡単に口にして――シェゾはいつだってアルルをどきどきさせる。それなのにシェゾは決まって素知らぬ顔。だって自分がどんなにすごいことを言ってるか、気付いてないんだから。ルルーからすれば、「それはシェゾが変態だからよっ!」……てことになるんだろうけど。

「さっさと宿に行くぞ。海で遊ぶために来たんだろう? こんな荷物持ったままじゃ話にならん」
「あっ、うん、そーだねっ! この日のために新しい水着を買ったんだもん! いーーっぱい、遊ばなくっちゃ♪」

 シェゾがどーした、ルルーがこうだ、なんてお話、結局、今のアルルにとってはどーでもいい。 ――なぁんて言うとシェゾは怒るかもしれないけど、アルルはなんてったって目の前に広がってる、どこまでも続く海に夢中だから。
 目をきらきらさせてるアルルを見ることができているんだし、シェゾもなんとなく、来てよかったかな、と思い始めてる。

「えへへ〜、ルルーと一緒に買ったんだ〜」
「……てことは、あの女の趣味か?」
「ちゃんとボクが自分で選んだんだよ! あのねあのね……」

 ほかの海水浴客とすれ違いながら、ふたりで今夜のお宿に向かう。宿はなんとルルーのお墨付き。庶民的なお値段や建物・装飾の割には悪くないサービスね、らしい。

 シェゾ以外の誰にも聞こえないように、アルルはシェゾを少しかがませて、近づいたシェゾの耳元で囁いた。


「シェゾが好きそうなヤツ!」


・・・NEXT・・・



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