「あの筋肉女……また妙な入れ知恵したな」

 絶対にこの状況を想像して楽しんでいるはずのここにいないルルーに苛立ち、何も考えずに彼女の進言を受け入れている目と鼻の先のアルルにあきれ――シェゾは大きな大きなため息をついた。

 というのも、アルルが着ている水着――アルルいわく、シェゾが好きそうなやつ、らしいんだけど――

 色は蛍光オレンジの、セパレートタイプ。胸元にはデフォルメされたお花の柄が入っていて、そこかしこにフリルがひらひらしてる。



 ぶっちゃけて言えば、ちっちゃい子が着るようなやつ。



「……なんでため息なんかついてるの? あ、こんな女の子っぽいの、ボクには似合わないって言いたいんでしょ」
「それだけは断じて違う」

 むしろ似合いすぎだから、シェゾは困ってる。お子様体型のアルルには、ちっちゃい子向けみたいな水着が、あつらえたようにぴったりなのだ。誉めてくれないシェゾに対し、ぷっくりと頬を膨らませている様子に、シェゾは自分をおさえるのでいっぱいいっぱい。

 夏の海は人がたくさんいる。大賑わいの砂浜のど真ん中では、さすがのシェゾでも、アルルをぎゅーってするのは気がひけちゃう。

「ちぇ。じゃあ海に入って遊ぼうよ」
「俺も入るのか!?」
「ひとりで遊んでもつまんないもん。ほらぁ」

 シェゾは驚いた。あれだけたくさんの遊び道具を用意していたから、ひとりで勝手に遊ぶものだと思っていたからだ。

 水着をちゃんと着てるし、別に海に入れないわけじゃない。でも砂浜の照り返しが見るからにきつくって、パラソルの下から出たくない。丸めたパーカーを枕に、お昼寝するつもりだった。

「スコップとばけつはどうした。砂の城でも作ってろ」
「ひっどーい!」

 シェゾのばかぁっ! とアルルは、膨らませたばっかりのビーチボールをシェゾの顔面に投げつけて、自分は青い海に駆け込んでいった。





「なんなのもう! いーもん、シェゾなんか知らない!」

 ぷんぷんぷんぷん、アルルが騒いでいる。浮き輪に腕を引っかけ、ビート板がわりにしつつバタ足。混んでる海ではかなり迷惑かも。

「なにさ、ヒトの気も知らないで」

 言ってから、つい考えてしまった。シェゾがヒトの気持ちをあんまり考えずに動くのって、いつものコトかもしれない、って。良く言えば、マイペース?(しかも極度の)

 今回は、期待して、楽しみにしてたぶんだけ、ショックも大きかったのかな。

「……ひとりじゃ、意味ないよ」

 アルルのバタ足はぴたっと止まっちゃった。かわりに、浮き輪につかまる力は強くなるばかり。

 動きが止まったものだから、体が水面に浮かんでいく。ぷっかりぷっかり――限りある視界に、限りなく広がる、青い空。空を彩る、巨大な雲。でも耳に聞こえてくるのは、海の音。

 あまりに気持ちよくて、シェゾに対するもやもやがどこかに行ってしまいそうで。

 ちょっぴり……本当にほんのちょっぴりだけ、悲しくなって、目を閉じた。



「アルル!!」



 頭がぼーっとする。ボク眠ってた? と、そんな頭でアルルは考えた。

「起きろ、戻るぞ!」
「……もどるぅ?」

 ごしごしこすりながら、瞼を開けた。するとそこには、すっごく怒ってるシェゾ。

「……え? あれ? シェゾ? なんでいるの?」
「なんで、じゃない! まわりを見てみろっ」
「まわりって――」

 アルルには何が何やらわけわかんない。でも怒ってるシェゾをもっと怒らせるのも怖いから、仕方なく浮き輪につかまりなおして、まわりを見渡した。

 海ばっか。
 人の群れは、ずっと向こうの黒いつぶつぶ。

 もう一回見渡してみる。――やっぱり同じ。

「……ボク、もしかして、流されてた?」
「そういうことだ。この阿呆」

 言うが早いか、シェゾはアルルのおでこを軽く小突いた。

「わかったなら戻るぞ。立ち泳ぎは疲れる」

 浮き輪をシェゾに引っ張られ、自分もバタ足を強制されて、アルルは進み出す。遠い砂浜に向かって。





 シェゾは前を見てる。うしろ――アルルのほうには振り向かない。まだ怒ってるのかどうか、確かめることもできない。

 だけどアルルは、もう大丈夫と、根拠もなしに自信たっぷりで話しかけた。

「寝てると思ってた」
「寝てたさ」

 やっぱり前だけ見たまま、シェゾはぶっきらぼうに答えた。

「じゃあなんでわかったの? ……ボクが流されてるって」
「いなかっただろう」
「へ?」
「――胸騒ぎがして、勝手に目が覚めた。そしたらおまえの姿が見えなくて、まさかと思いつつお前を思い浮かべて転移したら、こんな海のど真ん中だった」

 あ、またイライラしてる。

 アルルがびくっとしたのもつかの間。どうやら、イライラしてるわけじゃないみたいだということがわかった。

 よく怒られるアルルだからわかる、怒ってるときとは違う、声のカンジ。

「心配してくれたんだ」
「誰が心配なんぞするか」
「したんだ」
「しとらん」

 シェゾはまるで頑固親父のように、アルルを心配したことを認めようとしない。でも実際はバレバレ。ちらりと視線を動かせば、シェゾの耳がトマトになったみたいにまっかっか。

 ぷっ、と笑えば、不機嫌そうな表情のシェゾが、ようやく振り向いてくれた。

「何がおかしい」

 で、笑いが止まらなくなる。

「だから何がおかしいんだっ」
「なんでもないよ〜」
「……くそっ」

 だから好きだよ、シェゾのこと。

 砂浜はまだまだ遠くて、辿り着くまでに一体どれほどかかるのか予想もできないけど。

 それまでは――少なくともそれまでは、ふたり一緒にいられるんだね。

 また前しか見なくなったシェゾの、波をかぶる背中に、ずっとこのままでもいいかもなんて、シェゾが聞いたらそれこそ怒り狂って闇の剣を呼び出してしまうんじゃなかろーかなコトを考えてしまう。

 さすがに海の上で浮き輪抱いたまま戦闘なんてできないし、その背中を眺めていられるだけで満足しようと、アルルはにこにこしながら、なんとか自分をおさえたのだった。


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