アルルinワンダーランド?!





 ある晴れた日の昼下がり──。
 アルルはいつもの丘の大木の下で、昼寝を楽しんでいた。
 いつもと同じ、よく晴れた空。いつもと同じ、心地よい風。
 そう。いつもと同じのどかな午後を過ごすはずだったのだ。眠りを邪魔されるその時までは……。



「ぐっぐー。ぐぐっぐー」
 慌てたようなカーバンクルの声に、アルルはふと目を覚ました。
 今まで一緒に昼寝をしていたはずのカーバンクルの姿が見えない。
「あれ? かーくん?」
 辺りを見回してみるが近くにカーバンクルの姿はなかった。
 ──と、少し離れた茂みの中にカーバンクルの黄色い耳がチラリと覗いた……ような気がして、アルルはその茂みへと歩み寄っていく。
「かーくん、何してるの?」
 茂みをかき分けたその先に、カーバンクルはいた。しかし、何やら妙な出で立ちである。
 カーバンクルの身体にはおよそ合っていない大きめの懐中時計を右耳からぶら下げ、首らしき所には真っ赤な蝶ネクタイ。誰かにイタズラでもされたのだろうか?
「ぐー、ぐぐー、ぐっぐ」
 なおも、何かを訴える様にカーバンクルは小さな手足をバタバタさせる。アルルが意味を図りかねて首を傾げていると、痺れを切らしたのか、カーバンクルはくるりと向きをかえ、森の方へと駆けだしていった。
「あっ。待ってよ、かーくん。一体何処に行くの?」
 かくして、アルルはカーバンクルを追いかけて、その丘を後にしたのだった。



「かーくぅん! ……もう、一体何処行っちゃったんだろ」
 カーバンクルを追いかけて森の中へと足を踏み入れたアルルは、すぐにカーバンクルを見失って、森を独り彷徨う羽目になってしまった。
「かーくぅん……」
 アルルの声が、森の木々に谺する。しかし、応える声や姿は何処にもない。
「かーくんってばぁ。何処ぉ」
 何度目の呼びかけだろうか。カサッと近くの枝が揺れ、咄嗟にアルルは身構える。
「誰?」
「……一体何を探している?」
 声の主がアルルの頭上から問い掛ける。
 聞き覚えのある声にアルルは小さく安堵の息を漏らした。
「……何だ、シェゾか……」
 頭上の枝の上に腰掛ける様にして、一人の青年がアルルを見下ろしていた。
銀髪に黒尽くめのいでたち。闇の魔導師シェゾ・ウィグィィである。
「ねえ、君。この辺でかーくん、見かけなかった?」
「かーくん?」
「そう。何処に行ったか、知らない?」
 シェゾの顔が不思議そうに歪められる。
「何だ……それは?」
「え?」
 シェゾの言葉に一瞬アルルの目が点になる。
「何言ってんの? カーバンクルのかーくんだよ。君だって知ってるでしょ? 大きな耳をもってて額にルベルクラクって宝石を持った黄色い、これくらいの生き物……」
 言いながら、両方の人指し指でカーバンクルの形を空中になぞる。
「ああ。……あの小動物か……」
 やっと理解出来た、とでも言うようにシェゾが小さく頷いた。
「あれなら、さっき森を抜けて向こうの方へ駆けていったぞ」
 シェゾが指差す方向につられるようにアルルの視線が動く。
 当然先には森が広がるだけで、目的の存在は見つけられない。
「向こう?」
「そう、向こう。あいつらがお茶会やってる……」
「? ……誰がお茶会やってんの?」
「決まってるだろ。あいつらだよ」
「わかんないよ。そんなんじゃ」
「──行かない方が、いいと思うぞ」
「何で?」
「とにかく、忠告はしたからな」
 いまいちかみ合わない会話を交わした後、最後にそう言い捨て、シェゾは森の陰へと姿を消してしまった。
「あ、ちょっと……」
 呼び止める声は、シェゾには届かなかったようだ。あとには風に揺れる森の木々とアルルだけがその場に残されてしまっていた。
「……へんなの……」
 拍子抜けしたようにアルルが呟く。いつもなら必ず勝負を仕掛けてくるはずなのに、なぜか今日に限って、すんなりと去ってしまったのだ。
 調子が狂う。
 なんだか釈然としないまま、アルルは歩き出した。とにかく、今はカーバンクルを探すのが先決なのである。



「……にしても、『あいつら』って、誰の事だろう。シェゾってば相変わらず不親切だよね」
 鬱蒼とした森は昼でも薄暗い。独りで歩くには何だか寂しすぎて、誰に語りかける訳でもないが、アルルは気持ちを紛らわすためにそう呟いた。
 本当にこの道であっているのだろうか?
 そんな不安が、脳裏に浮かぶ頃、アルルはようやく森を抜ける事が出来た。

 森を抜けた向こうには小さな草原が広がっていた。風がさわさわと音をたてて、草原を吹きぬけていく。
「でも……」
 アルルは草原をもう一度ぐるりと見渡す。青々と茂った足首まである下草に混じった名前も知らない小さな花々。良く知った草原ではないのは確かである。
「ここって一体何処なんだろう?」
 近所のはずなのに、アルルはこの場所を知らない。
 森に入った時から感じていた違和感のようなものが、再びアルルを包み込む。

 ──が、とりあえず深く考えるのはやめにした。

 草原をしばらく歩くと、小さな家が見えてきた。煙突から、細い煙が立ちのぼっており、全体が丸太造りの小さな家は山小屋のような印象を与える。
「あれ……かな」
 近づくと、ふんわりと甘い香りが辺りを包んでいる。どうやら焼き菓子の匂いらしい。
 コンコン。
 玄関の扉を小さく叩いてみる。──が、応えはない。
 と、庭の方から楽しげな少女達の笑い声が聞こえてきた。そっと庭の方へとまわると庭のテーブルを囲み、ウィッチとドラコがお茶を楽しんでいるようだった。
「あら、どうなさいましたの?」
 視線に気が付いたのか、ウィッチがアルルに笑いかける。つられたようにアルルも笑顔を返した。
「お茶の最中に邪魔しちゃって、ごめんね。ちょっと、ふたりに聞きたい事があるんだけど……」
「何かあったの?」
 ふたりが同時に首を傾げて見せる。
「あのね……この辺にかーくん、こなかったかな?」
「かーくん?」
 再び二人同時に首を傾げる。そうして、今度はふたり顔を見合わせて謎の言葉を発しはじめた。
「かーくんって何ですの?」
「さあ。少なくとも女の子の名前ではないようだけど……」
「そりゃそうよ。かーくん……なんて、とても美少女っぽいお名前には聞こえませんもの……」
「まあ、例え美少女でも、私以上の美少女であり得るはずはないけどね」
「あら、それはどうかしら? あなた以上の美少女なんて、その辺りに転がる程いると思いますわよ」
「ひどっーぃ」
「あ……いや、あのね……今はそんな事を話している時じゃ……」
「あら、とても重要なお話ですわ」
「そうよ。これはとっても重要な事なんだからね」
「……あっそう」
 なかなか口を挟む余地がない。まるで、漫才のような勢いである。
 額に手を当て大きくため息をつくと、アルルは庭を出ようと向きをかえた。
「じゃ、ボクもう行くね。先急いでるから……」
「あ、ちょっと、何処に行くってのよ」
「そうよ。今お茶の用意も出来ましたのよ。もう少しゆっくりなさったら?」
「や……あの……」
「ほら、座って」
「さぁ、どうぞ」
 畳み掛けるように二人の言葉がアルルにかけられる。その上、ドラコに無理やり椅子をすすめられ、座ると同時にウィッチがテーブルにお茶を運んできた。
 二人のコンビネーションは絶妙だ。

 こうして、しばらくアルルはそのお茶会に無理やり付き合わされる羽目になるのであった……。

「ねぇ。いい加減もう、いいよね。ボク、もう行かなくちゃ……」
 呟くアルルの声は酷く疲れている。
「え? 何か言った?」
 対するふたりの方は一向に聞く耳を持ってはくれない。たわいのないお喋りが延々と続いている。
 このまま、日が暮れるまで続くのではないかとなかばウンザリしていると……。
「あ……」
 お茶会の庭の隅をカーバンクルの小さな身体が踊るように横切って行った。
「かーくん?!」
 勢いよく席を立ち上がると、アルルは急いでカーバンクルの後を追う。
 お喋りに花を咲かせていた少女たちが驚いたようにアルルを振り返るが、すでに彼女は庭の外へと躍り出ていた。
「あらら、行っちゃった……」
「慌ただしい人ねぇ……」
「そういえば、あの子。誰だったの?」
「さあ。わたくしの知らない方ですわね」
 どこかのんびりとした様子で、二人は同時に首を傾げてみせた。
「……ま。いっか」
「いいんじゃ、ありません?」
 深く考える素振りを見せず、二人はテーブルのお茶を一口飲む。
 そうして、たわいない会話に再び花を咲かせ始めるのだった。



「ちょっと、待ってよ」
 今度は見失わない様に必死に走りながら、アルルはカーバンクルの小さな背中を追いかける。しかし、道なき道を走る小動物を追いかけるのはなかなか難儀な事である。
「随分、のんびりしていたな」
「?! シェゾ!」
「なっ。だから忠告したろ。行かない方が身の為だって」
 突然、目の前に現れたシェゾに、アルルの足が止まる。
「君ねぇ。忠告するならもっとちゃんとしてよね。第一君はいつだって肝心な所を省きす……」
「そんな事より。──いいのか? 小動物……もう、彼方に消えちまったけど……」
「!!」
 アルルの言葉を遮るようにシェゾが言葉を挟む。
 前方を行くカーバンクルの姿はもう地平線の彼方へ消えてしまった後。
 アルルは思わず蒼白になった。
「一体、誰のせいだと……」
「俺の所為ではないと思うが」
 事も無げに述べるとシェゾは、遠くを見やる様な恰好をして見せる。
 と、そのシェゾが、何かを見つけたようだ。
「あれは?」
「?」
 シェゾの視線の先には、何やら慌てている何者かの姿が見える。
 近づくにつれそれがどうやら、ルルーに仕える執事、じいと、ミノタウロス、それに、自らルルーの親衛隊と名乗るサムライモールのようだというのが確認出来た。
「どうしたの? そんなに慌てて……」
 止せばいいのに、アルルはついそう声を掛けてしまった。
「あ……」
 一斉に皆がアルルを振り返る。声を掛けられ、酷く驚いた様子だ。
「何? 何かあったの?」
「いや、……それが、何から話してよいのやら……」
「カレーが、ルルー様が御作りになった大事なカレーが……」
「もうすぐサタン様がおいでになるというのに……」
 三人口々に捲くし立てるが、いま一つ要点に欠ける。
 とにかく、三人を落ちつかせ、ゆっくり事情を聞くことにした。

「……なるほど……。じゃあ、今日サタンに御馳走するはずのカレーをルルーが作って、そのルルーが席を外している間見張っておくように命令されたはいいけど、ちょっと三人が目を離した隙にそれがなくなっちゃったと……」
 今まで聞いた話を整理して、要点をまとめるようにアルルは三人に確認した。
「そうでござる」
「うむ」
「そうです」
 三人それぞれ相槌を打ち、肯定の意を表す。
 アルルはそれを見届け、う〜ん……と考え込むように、顎に指を添えた。
「あ……。それとカレー鍋の置いてあった場所に、何やらこんなモノが……」
 じいが、いそいそとズボンのポケットの中に手を入れる。そして、取り出したその何かをアルルに差し出した。
 じいの手のひらを覗き込むと何やら見覚えのあるモノが……。
「……コレ……」
 手のひらに乗せられたソレは、カーバンクルが首らしき所につけていた真っ赤な蝶ネクタイによく似ていた。

 これってまさか……。

 嫌な予感がアルルの脳裏を過る……。
「……コレ、どっかで見覚えがある、な」
「シ、シェゾ! バカッ……」
 言ったがもう、後の祭り……。その言葉はしっかり聞かれていたらしい……。
「そう。さては、あんたの仕業だったのね!」
 鬼神よりも恐ろしい声が背後から聞こえてきた。
 これは、あまり振り返りたくない。
「ル……ルルー……」
 振り返らずとも、正体は知れた。アクアマリンの波打つロングヘアーの美女、格闘女王のルルーである。勇気を振り絞り、そっと振り返ると、怒りに燃えた翡翠の瞳と目が合ってしまった。
 救いを求めて、シェゾの裾を掴もうと右手を彷わすが、指は空をきるばかり。
 どうやら、とうに姿を晦ませてしまったようだ。

 ずるい……。独りで逃げる事ないじゃないか……。

 もういない相手を罵りつつ、事の原因が自分といつも一緒であるカーバンクルの仕業となっては、そうも言ってはいられない。
 ここはもう、覚悟を決めて謝ってしまうに限る。
「あ、あの……ルルー。ごめんね。その、悪気はなかったんだと思うのよ。ほら、かーくんってカレーが大好物だし……。ほら、それに……きっと凄く美味しかったんだと思うんだ。あ、あの……あぁん。本当にごめんなさい」
 必死に謝ったつもりだが、アルルの前に仁王立ちしたままのルルーは、一層怪訝そうに眉根を寄せただけである。
「何を訳の判んないこと言ってんのよ。早く返しなさいよ。時間がないのよ」
「は?」
「は? じゃないわよ。カレー。何処に隠したのか知らないけど、とっとと返しなさいよね!」
「や、だから、返そうにも……。多分、かーくんが全部食べちゃってると思うけど……」
「やだ。人の所為にする気?! 信じられない子ね」
「ルルー?」
「あんた、ひょっとしてわたくしとサタン様の仲を邪魔する気なのね? あんたがその気なら受けてたつわよ」
「え? ちょっと、何言って……」
「問答無用!」
 陽炎のようにルルーのまわりから気が立ちのぼる。かなりヤバイ。
「こうなったらぷよぷよで勝負よ!」
「なんでそうなんのよぉー!」


・・・NEXT・・・


*あとがき*


まだ続きます……(汗)。
全部、完成させてから公開しようとも考えていたのですが、あまりにも作品が少なすぎるため、途中での公開となってしまいました。
続きは近いうちに公開します。


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