アルルは手短に、今まで自分が経験した出来事を話し始めた。 お昼寝から目が覚めると、いつもとは少し違う世界に来てしまっていた事──。そして、この世界にも自分の良く知っているヒト達がいる事──。でもそのヒト達は、自分の事を全く知らない事──。 「──で、ボク達の世界にも君が……、じゃなくて君と同じ名前の、君そっくりのうろこさかなびとがいるってワケなんだ」 「あ……の……」 「ん?」 突然セリリが頬を染め、上目遣いにアルルを見上げてきた。先を促すがなかなか言い出せないのか、もじもじとしている。 「どうしたの?」 「あの。その、向こうの世界のセリリさんとは、……そ、の……どんなご関係なんですか?」 「へ?」 質問の意図が見えず、アルルが首を傾げる。セリリはますます赤面しながら、もごもごと小さく言葉を紡ぎ出した。 「え……っと、その……おともだち……なんですか?」 「もちろん、友達だよ──……て、え? あれ? ……セリリちゃ、ん?」 笑顔で答えるアルルとは裏腹にセリリの顔がみるみる涙で崩れていく。 戸惑うアルルの前で、セリリの瞳から大粒の涙が溢れぽろぽろとこぼれ出した。 「おい……」 今まで静かに成り行きを見守っていたシェゾが責めるような視線をアルルに向けた。 「えぇ?! ……ボクのせい?」 「……違いますぅ」 蚊の鳴くような小さな答えが返ってくる。涙を拭きながらもセリリは気丈にも無理やり笑顔を作ってみせた。 「違うんです。……あの……、あまりにもそのセリリさんが羨ましくて……」 「羨ましい?」 「だって。私にはお友達、一人もいないんだもの。……同じ名前の同じ顔のヒトなのに、なんて違いすぎるんだろうって、そう、思っ…たら──」 途端にまた涙が溢れ、セリリの台詞が次第に嗚咽混じりになってゆく。 「ちょ、チョット待って。お願いだから泣かないで、ね。お友達なら、ボクがなってあげるから」 「……え……」 驚きながら顔を上げたセリリの視線が、アルルのそれと重なる。アルルはセリリを安心させるようにゆっくりともう一度、言葉を繰り返した。 「ボクで良ければ、お友達に、なろう?」 「お友達に──……なって、くれるの?」 「も、もちろん」 笑顔のまま、アルルは思いっきり頷いてみせる。 それを確認すると、今度はすぅっとセリリの視線がシェゾの方に向けられた。 「じゃぁ、そちらのヒトも……?」 「な? なんで、俺まで」 「もちろんだよっ」 逃げようとするシェゾの腕をがしりと掴むと、アルルは愛想笑いを浮かべたまま力一杯頷きを繰り返した。シェゾが思い切り不快そうに顔を歪める。 「……ぉぃ……」 「お願いだから、ここは話を合わせといてよ。ややこしくなっちゃうから……」 「…………」 セリリに聞こえぬよう小声でシェゾを宥め、もう一度愛想笑いを満面に浮かべセリリに向き直る。もちろんシェゾに笑顔を強要する事も忘れない。 「ボクたち、お友達だよ」 「──……おともだち……」 二人の輝くような(?)──少なくとも、セリリにはそう見えたらしい──笑顔の前で、セリリはうっすらと頬を染めた。 「……ったく、なんだって……」 「しょうがないでしょ。こうでも言っとかないと泣き止まないんだもん。この娘」 小声で囁く二つの呟きは、口の中で、小さく何度も何度も『おともだち』を繰り返している、幸せそうなうろこさかなびとまで届く事はなかった。 ──が、そんな空気をぶち壊すが如く、それは突然に訪れた。 「みぃ・つぅ・けぇ・たぁ・ぞぉ〜っ」 「?!」 地を這うような声にその場にいた全員が、ぞくりと背筋を凍らせる。 声の先には怒りに目を血走らせたサタンが今まさに地上に降り立った所だった。背の翼が緩やかに羽ばたき、辺りを砂埃とともに巻き上げる。 「ふっふっふ。──この私から逃げようなんて、十万年早い」 「……おいおい……」 「…………」 まるで、悪役が登場したような雰囲気に、セリリはすっかり怯えて小さく震え始めている。アルルとシェゾは呆れて大きくため息をついた。 「あんまりしつこいと、嫌われるぞ」 「うるさいっ!」 「サタン様ぁ〜v」 同時に。 ピンクの声が辺りに響き、サタンの背後に広がる森の中から物凄いスピードで何かが飛び出してきた。 「ルルーぅ?!」 水晶色のドレスをはためかせ、風のような速さでこちらに向かっているのはルルーのようだ。 走ってきた勢いを殺す事無く、ルルーは固まるサタンにどかんと抱きついてゆく。 どこか鈍い音が響き、ぐはぁと小さい悲鳴がサタンから聞こえた。 「急に、どこかに行かれるんですもの……。どうなさ……って、またあんたたちなの?」 唖然としている一同に気づき、ルルーの剣呑な視線が向けられる。 そんな視線に晒され、セリリが今にも泣き出しそうな表情になった。 「ホント、しつこいわねぇ」 「どっちがだ!!」 ルルーのセリフに思わず突っ込みを入れるシェゾ。同時に僅かながら、隙が出来てしまった。その僅かな隙を、サタンが見逃す筈がない。瞬時に編み出した魔導がシェゾに向かって投げられた。 「なっ?!」 「ふっ。私の目前で隙など見せるからだ。この私に楯突くとどうなるか、目にモノみせてくれるわ」 「だ・か・ら、どうして、そうなる?」 次々と放たれる魔導を紙一重でかわしながら、自分も反撃に移るべく、異空間から闇の剣を召喚する。 「シェゾ」 急いでアシストに入ろうとシェゾに駆け寄ろうとするアルルの行く手を、ルルーがすばやく阻んだ。 「あなたのお相手は、わたくしよ」 「ルルー……」 「今度はさっきのように、遊んでなんてあげないわよ」 「そんなぁ……」 身構えるルルーの気が一気に大きく膨らんだ。アルルも咄嗟に間合いをとる為、一歩あとずさる。 「いくわよ! ──……はぁっ!!」 気合と共に、ルルーの身体が疾風の様に宙を舞った。 突然目の前で壮絶なバトルが繰り広げられ、今いち状況を把握出来ないでいたセリリはしばらく呆然と成り行きを見守っていた。が、やがてハッと我に返り、慌てて皆に声を掛ける。 「あ、……あ、のぅ……」 しかし、セリリのか細い声は爆音にかき消され、誰の耳にも届かない。 「み、みな、さ……ん……」 瞳からぽろぽろと涙がこぼれ落ちるが、誰もそれに気づいてくれない。 「もう……もう……」 セリリが肩を震わせ、俯きながら小さく呟いた。 そして──。 ぷつんっと何かが切れるような音が微かに聞こえた。 ──その刹那。 「もう喧嘩は、やめてぇ〜!!」 叫びと共にセリリの背後に大きな水柱が上った。 水柱がそのままの勢いで水辺にいる者たちを全て飲み込もうと、覆い被さってくる。 「なっ?!」 「ふぇ?!」 異口同音の叫びがあがった。 次の瞬間──。 アルルたちは成す術もなく波に圧され、そのまま湖に引きずり込まれてしまったのである。 湖の中の水流は思いのほか強く、どれだけ足掻いても思うようには動けない。 細かい泡で視界が利かず、他の皆がどこにいるのかもアルルには判別がつかない状態だ。 もがくように、アルルは両手を水面に伸ばした。 ──このままじゃ、おぼれちゃう!! しかし、いくら手を伸ばしても水面には届かない。 大きな泡沫が口から出て行ってしまい、息苦しい。 意識が、次第に遠退いていく……。 ……。 …………。 「……ぃ。……ル……。アルル」 「……」 うっすらと浮かぶ影が、ゆっくりと見知った人物を形作ってゆく。 ──シェ、ゾ? 「アルル・ナジャ。しっかりしろ!」 「?!」 名前を呼ばれ、アルルは今度こそしっかりと目を見開く。 少し慌てたようにアルルの両肩を揺すっているシェゾの姿が、その目に飛び込んできた。 「ひどく、うなされていたぞ」 「…………」 「……アルル?」 もう一度名前を呼ばれ、思わずシェゾの襟元をぐっと掴み引き寄せる。 まじまじと顔を見つめられ、心持ち焦ったようにシェゾの身体が後ろにそらされた。 「な、なんだ? ……まだ、俺は何もしてないぞ(←?)」 「シェゾ。ボクの、名前……」 「はぁ?」 「それに、……こ、こは……?」 辺りを見回し、自分のいる場所を確認する。 見慣れたいつもの丘の上。 お昼寝するにはもってこいの大木の下。カーバンクルはいつものようにアルルの傍らで大きな鼻ちょうちんを膨らませている──。 ここは、アルルのお気に入りのいつもの場所。 空はいつものように青く澄んでいて……。 「そんな事より……」 アルルに掴まれた襟元を外し、整えながらシェゾはコホンと咳払いをする。 「今日という今日こそは、お前を頂くぞ!」 そして、やっぱりシェゾはシェゾだった──。 「うっわー……」 アルルの顔に徐々に笑みが浮かんでくる。いつもと違う反応にシェゾが気味悪そうに顔を歪めた。 「戻ってこれたんだぁ……ボク」 「何を言っている。……まだ、寝惚けてんのか?」 呆れたようなシェゾの言葉に、アルルが不思議そうに首を傾ける。 「? ……なんで?」 「ぉぃ……。お前、ずっと寝てたろうが……ここで」 寝てた──? アルルは自分の服を改めてあちこち触ってみる。そういえば湖に落ちたはずなのに、服は少しも濡れていない。 という事は、自分はずっとここで眠っていて、今までの事は全て夢だったのだろうか? でも──。 仮にそうだとしても……。 「なんで、君がそんな事知ってるの? というより、何でここに君が?」 「…………」 言葉が見つからないのか、シェゾがぐっと押し黙る。 ふと──。 彼の足元に伏せられた、読みかけの魔導書がアルルの目に止まった。 もちろん、アルルのモノではない。 「ずっと見てたの?」 「…………」 状況から考えて、シェゾがずっとここにいた事は明白で。 「ボクの寝顔を?」 「…………」 そして、弁解しない事が何よりの証拠。 「……変態」 口篭もっていたシェゾの口元が一瞬ヒクリと引きつった。 怒鳴り返される事を予想して、アルルが軽く身構える。 が、シェゾは小さく舌打ちしただけだった。 「変態じゃねぇって何度も言ってんだろ。……ったく。……もういい……」 最後は諦めたように大きく息を吐くと、シェゾは力なく立ち上がった。 足元の魔導書を拾い、軽く埃を払う。 そうしてアルルに背を向け、丘をゆっくり下りだした。 「あ。待ってよぉ」 まだ、半分眠っているカーバンクルを肩に乗せ、アルルは慌ててシェゾの後を追った。 「ねぇ、シェゾ。ボク、ホントにとってもすごい冒険をしてきたんだよ」 「…………」 「ねぇってば。聞いてくれる?」 丘を下りながら、アルルはとても楽しそうに語りだす。 ついさっき体験(?)した、いつもとはほんの少し違う、少し奇妙な世界の事を──。 Fin. *CASTING*
アリス……アルル
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